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第18話 規格外

Author: あるて
last update Last Updated: 2025-12-18 09:17:01

 そしてタイミングのよいことに今日さっそく体育の時間がある。

 急遽瑞穂先生が用意してくれていた教室を使用してひとりぼっちで着替えをすることになった。

 3階の隅の普段物置になっている使われていない空き教室。

 着替えが終わるとなぜかクラスメートの男子が迎えに来てくれていた。2階にある2年生の教室を使って着替えているクラスメートが本来ここにいるはずはないのだけど。

 さすがに鈍いわたしでもここまで露骨に周囲をうろつかれるとなんとなく真意を察してしまう。

 たかだか体操服だっていうのに男っていう生き物はまったく。……まさか覗こうとしてないよね……?いくらわたしの容姿がこんなんでもさすがにそこまで血迷わないでほしい。

 気を確かに持ってくれよ、男子生徒諸君。

 今日の授業内容は体育館でバレーボールらしい。

 野球やバスケはアメリカでもやっていたけど、バレーボールはアメリカの授業ではやらなかったので人生初体験。

 ルールも良く分かってないけど相手がサーブしてきたボールを3タッチ以内に相手コートへ打ち返さないといけないということだけは知っている。

「わたしバレーボールやるのはじめて!上手くできるかわかんないけど楽しみだなぁ」

 わたしがそう言うとバレー部の田村君がはりきって基礎から教えてくれた。サーブのやり方からレシーブ、トス、アタックまで基本的なことをコーチしてくれたので後は授業の中で覚えていけるだろう。

 やけに熱心で文字通り手取り足取り教えてくれた。

 のはいいんだけど、その後他の男子から殴る蹴るの暴行を受けていたのは大丈夫なのかな?本人はそれでも満足げな顔をしてるから平気か。

 まずは基礎的な練習を少しやった後、いくつかのチームに分かれて対抗戦をやることになった。

 わたしが初心者だからという理由で田村君がわたしと同じチームに入ってくれることになったけど、また他の生徒から蹴られてる。いじめじゃないよね?

 いよいよわたしたちのチームが試合をする番に。最初は勝手がわからないので他の人たちのプレーを見て学んでいたんだけど、すぐにわたしがサーブをする番が回ってきてしまった。サーブをするのも順番なんだね。

 位置についてボールを上に放り投げる。

 力加減を間違えて高く上げすぎてしまったので落ちてくるまで時間がかかってしまう。

 待つのめんどくさいな。

 そういえばサーブは体のバネを使って打ち込むと威力が出るって田村君が言っていたな。どうせなら全身のバネを使った方がいいやと、思い切ってジャンプ。

 体全体を大きく反らせて、落ちてくるボールに合わせて水面を叩くエビをイメージしながら体を弾けさせ、思いっきり相手コートに向けてたたきつけた。

 思ったより威力が出て、相手チームの誰も反応ができずサービスエースって言うやつで得点ゲット。やった!

 わたし史上初得点!チームに貢献することもできたし、得点したことを他のチームメイトももっと喜んでくれるだろうと思っていたらなんだかみんな相手チームの人も含めてぽかんとしている。

 田村君が一番驚いた顔をしていて「ジャンプサーブ……しかもあの威力……」って言いながら呆然。あれ、ちょっとやりすぎちゃったかなぁ……。

 同じチームの澤北君が呆れ顔で近づいてきて「本当にバレーやったことないの?」って聞いてきたので正真正銘今日が初めてって答えた。

「マジかよ。運動神経には俺も自信あるけど初プレイであんな強烈なジャンプサーブとか無理だわ」と苦笑しているので、どうも少し張り切りすぎたみたい。

 自分の運動神経が規格外なのは自覚してるからあまり目立ちすぎないようにしようと思っていたんだけど、どうもそのへんの加減が難しい。

「アハハ、わたしも運動神経には自信あるし、武道のおかげで動体視力がけっこういいからそれでうまくいったんじゃないかな」って笑って誤魔化したけど、周囲に目を向けると体育館の隣半分で授業していた3年生の女子の方々もこっちを見て大騒ぎしてた。

 あ、あか姉もいたんだ。なんか無表情でこっちをジッと見てるから手を振っておいた。あれはどんな感情なんだろう。さすがのわたしもわかんない。

 その後も試合は続き、運動神経についてはどうせすぐバレるだろうからと全力でバレーを楽しむことにした。

 相手チームからのボールをバンバン拾って守備にも貢献、攻撃時にはジャンプ力を活かして高い位置からの強烈なアタックで拾える人はほぼいない。3試合して攻守ともに大活躍で全戦全勝へと導きMVPはわたしという結果に。

 隣の3年生女子は熱烈な声援を送ってくれていたけど、先輩方、授業は?

 「さすが」

 ゆきの運動神経は知っていたけど初めてやるスポーツでも遺憾なく発揮されるものなんだな。

 授業が始まる前から同じ体育館内にゆきを発見したからずっと目で追っていたけど、あのジャンプサーブには目だけじゃなく心も奪われた。

 あの抜群の容姿だけでも十分だが、それに加えてダンスで鍛えたバネをいかんなく発揮してのしなやかな動きはまるですばやく振り下ろされた鞭のように美しく、両方合わさればまさに芸術的。

 それはひいき目なんかじゃなく文句なしにキレイで、見惚れる以外に選択肢がない。

 やっぱりうちの弟は何をやらせてもそつがなくかっこいい。しかもその後わたしの方を見て手を振ってくれたので心臓が止まるかと思った。

 キュン死寸前で悶えていると友人が「茜ー!弟のゆきちゃん、バレーめちゃくちゃ上手くない?ずっとやってたの?」と聞いてきたので一度もやったことのない初心者だと答えたら案の定驚愕の表情をしていた。

 うちの弟は何をとっても普通じゃないのだよ。

 ゆきのすごさはこれから体育の時間が重なれば自然と周知されていくだろうけど、今日初めて見た人が抱くであろう信じられないという気持ちはよくわかる。

 普通どんなスポーツでも初心者ってのはもっとたどたどしくて、時には無様な姿を見せたりもするもんだろう。

 それを超中学級エースかのような活躍をみせるのだからはっきり言って化け物だ。

 もしなんらかのスポーツに打ち込めば、きっととてつもなく優秀な成績を残すだろうことは間違いないと思うが、本人は遊びとしてやるスポーツには興味があっても本気で打ち込んでやるのは歌とダンスしかない。

 少しもったいないなと思う面もあるがダンスをしている時の生き生きとした姿と、なによりあの歌声を聴けば今の道が最善なんだと納得させられてしまう。

 それくらいゆきの歌声は圧倒的。

 本当に天はゆきに対して何物ほど与えたんだろうというほどにたくさんの才能に恵まれているがやっぱり歌い踊っている時のゆきが一番輝いている。

 本当の魅力はそんな外見的なものだけではないんだけど。

 しかしそれが一番わかりやすい魅力でもあるので、周りの女子たちもゆきの活躍を見ては黄色い声援を上げて騒いでいる。

 彼女たちはただ単に運動神経の良さに賞賛をおくっているのか、男性としてかっこいい姿のゆきを見て騒いでいるのかどちらなのだろうと考えるとモヤモヤしてきた。

 ゆきのことは誰にも渡さないよ。

 そんなことばかり考えていたので授業で何をやっているのかなど頭からすっぽり抜け落ちて授業中ずっとゆきのことを凝視してしまっていた。

 転校して最初の体育はマラソンだったので特に問題はなかったけど、2回目のバレーボールの授業で常人離れした運動神経がバレてしまった結果、お昼休みにスポーツをしようと誘われることが多くなり、結果として以前より男子生徒との距離が縮まった。

 以前より気さくに話しかけてくるようになり、普通の休み時間に男同士で会話することも比較的多くなった。

 それでも女の子の行動力の方がすごくて気が付けば女子の輪の中に引きずり込まれていることの方が多い。

 バレーの授業をきっかけに変わったことと言えばもうひとつあって、わたしのクラスの体育の授業にギャラリーが現れるようになったことだ。

 もちろん授業中なので先生に見つかれば即座に追い払われてしまうのだが、隠れてみていたり、たまたま同じ時間体育に当たったクラスの人たちがわたしの活躍を見学するようになってしまい、そのクラスの授業が円滑に進まなくなってしまったのだ。

 その現象がエスカレートしていっているのも、これまたわたしのせい。もともと運動が好きでどんな内容の授業でもついはりきってしまうからだ。

 サッカーでは派手なジャンピングボレーシュートで得点したり、マット運動ではバク転バク宙側宙なんかお手の物で体操選手も顔負け。だってダンスでもやるんだもん。

 野球ではこれまた人並外れた動体視力で相手チームになった生徒から絶望の声が漏れるほど全打席ヒットかホームラン、守備では武道で鍛えた反射神経を活かしてファインプレーの連続。

 体育の時間があるたびにそんな花形選手みたいな活躍ばかりしていれば注目もされるというもので、諸悪の根源はわたしで間違いない。

 わたしは部活に入っていないので、そうやってスポーツをしている場面を見れるのは体育の時間しかないから見たい人は隠れて見るしかないので、わたしにはどうしようもないこととはいえやはり授業妨害をしているようで罪悪感がある。

 それを木野村君や田村君に相談したところ、たまに部活の助っ人として練習に参加すれば授業中にリスクを冒す生徒も減るんじゃないかという話になった。

 見つかったら大目玉だもんね。

 それでいくつかの運動部のキャプテンへ会いに行って交渉したところ、どこも快くどころか積極的に受け入れてくれた。

 私生活が忙しくて正式に入部できないことと晩御飯を作る必要があるから1時間程度しか参加できないことを詫びてもみなさん嫌な顔ひとつすることなく理解を示してくれて、逆に無理をせず私生活の方を大切にしてくださいと気を遣ってくれるほど。

 その優しさには思わず感激してしまった。

 ともあれ、わたしがスポーツで活躍する場面を放課後にどこかで見られるという話は各部活を通して広まり、授業中にさぼる生徒はほとんどいなくなった。

 ただ同じ体育館やグラウンドで別クラスとかぶったとき、こちらばかり見てるのは防ぎようがなかったけれど。

 一度「こっちばっかり見てないでちゃんと授業に集中しないとだめですよー!」って注意したら「キャーこっち見てくれたー!」と逆効果になってしまったのでわたしは何もしない方がいいという結論になった。

 あと瑞穂先生の情報によると学年をまたいだ合同体育を実施してほしいという請願が生徒会や職員室に頻繁に届くようになったらしい。

 表向きには学年間の交流になるという名目を掲げていたらしいけど、2-4ばかりわたしを独占しているのはズルいという本音が見え隠れしていたと苦笑していた。

 こうして毎日ではないけれど部活に助っ人で行くようになって夕方の時間が前より減ってしまったけど、部活をしてる分ジョギングをしなくてもよくなったのでその分夜の時間を確保できることになった。

 Vtuber活動は夜にやるのでその時間が増えたのは純粋にありがたい。

 部活の方も好評でどこの部に行っても重宝されるようになり、時には取り合いに発展しそうなこともあった。わたしが原因で揉め事になるのは真っ平だったので毎週金曜日に翌週のスケジュールを決めてしまうことにした。

 すると副産物というか、学校の生徒間で使われているネット掲示板にそのスケジュールが公表され、ギャラリーの人たちが以前より増えることになってしまった。

 またその結果これはいい影響だと思うんだけど、ギャラリーがいることで部員が異性にいいところを見せようと以前より熱心に練習をするようになり、結果的に公式戦の成績が上がったということだろう。

 嬉しい誤算ってやつだけど人ってほんと単純だな。そういうわたしだって男だし、異性にいいかっこしたいと思う気持ちは分かるけど露骨すぎやしませんか、みなさん。

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